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有馬ゆえ

有馬ゆえ(アリマ・ユエ)

東京生まれ東京育ち、おうし座B型、1978年生まれのライター(元家具屋)。しかしそれは世を憚る仮の姿、その実、常時煩悩と闘い続け(て負け続け)るただのオタク。だからといって乙女としての暮らしを諦めるわけにはいかない! とあがく一人暮らしの日々。好きな漫画家は和田慎二。母は天然。

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けんさくちゃん

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だめんずからの脱走

2006年7月25日 (火)

逃亡先はすてきなおうち

前々回までのだめんずシリーズ、たくさんの方に来ていただいたようで、とてもうれしかったです!


さてそうして逃亡した先。
内見なしだったためにかなーりの不安でいっぱいだったのですが、
入ってみてびっくり。


実は、隣が平屋だったんです。


そんなわけで、この眺め。



ここ、二階ですよ?


陽あたり良好!
と、思わず叫びたくなります。
(ちなみにあだち充の漫画では『ラフ』がすきです)


おかげでかわいい植物たちもぐんぐん育ち、
二年目に入ったセロームはかなりの成長を見せている様子。


布団干したい派
洗濯物は太陽派


のわたくしとしては、かなりのお気に入り物件です。


クーラーがないのがとてもきつい理由がわかっていただけたでしょうか・・・・・・。

2006年7月24日 (月)

だめんずからの逃亡〜完結編〜

こうしてまわりに迷惑をかけ続け、わたしの逃亡は成功しました。


もちろんそれからの一ヶ月、

嫌がらせメール
新しい彼女なるひとからの嫌がらせメール
ブログでの顔さらし
ブログでのメールさらし


などさまざまな攻撃を受けましたが、無事引越しの日を迎えたわけです。


去年の8/20の朝、重い荷物を持ってタクシーに乗ったわたしはとっても美しい朝日を見ました。
そしてこの家に着いたとき、とてつもない安堵感に包まれたのです。


今のわたしの安定した生活は、
この世にインターネットがなければなかったと言っても過言ではないでしょう。
ネットで家探しをできたからこそ、わたしはこの逃亡計画を実行できたのです。


それまではアンチ・ネットで家探しだったわたしも、
いまではビバ・ネットで家探しです。


そして、現在モラルハラスメントやドメスティックバイオレンスを受けている方々、
勇気を出して逃げ出してください。
そこから新しい生活は始まります。

2006年7月22日 (土)

だめんずからの逃亡〜いよいよ出発編〜

こんな顛末を経て、そしてその日はやってきました。
帰宅したのは午後11時。
ラッキーなことに彼は家にいませんでした。


いそいそとしたくをする有馬。
塾しか行かない生活ですから、持ち物は何枚かのシャツと下着、携帯の充電器・・・
とお思いでしょうが、わたしには大切な商売道具がありました。


それは、パソコンです。
しかもデスクトップ。プリント類だけだったらデータを持ち歩けどいいのですが、
週一回の更新があるウェブコラムの仕事のため、パソコンは必須だったのです。


いそいで配線をはずしていると、彼からのメールが!
「今から帰る」だったらどうしよう! と思いきや、その内容は




「今病院で点滴を受けている」



でした。



ラッキー!!



彼に対する情が一切なくなったわたしにとっては、なんの効果もないメール。
もちろん怒った女(B型)は始末に終えないので、
「わかった、がんばって」なぞというメールをいけしゃあしゃあと送りつけ、
それでも恐怖に泣きながら配線をとりつづけます。
はっきり言って見たくないですね、こんな光景。


配線をとりおわったころ、友人Mからのメール。
「もうすぐ目黒通りに着くよー」
この世に天使っているんですね。
わたしあわてるあまり、タワーを一回落としつつ、家を飛び出しました。
そして、そのとき知りました。


パソコンってすごい重いんですね。


力持ちでよかったです。
そしてこんなときに強運が働き、途中から親切なおじさんがパソコンを運ぶのを手伝ってくれました。
だれだか知らないけれど、この場をお借りしてお礼を言いたいです。



目黒通りに出た瞬間に、恐怖で号泣。
とんでもない27歳です。



そして一時間後・・・・・・。
わたしは無事友人宅に到着したのでした。

(もう一回だけ続きます)

2006年7月21日 (金)

だめんずからの逃亡〜家出編〜

そんなわけで引越し先は決まったわけです。
けれど引っ越すのは一ヶ月以上も先
ことあるごとにモラルハラスメントに悩まされていたわたしは、
一刻も早くこの家を飛び出したいと思っていました。
とりとめのない説教で寝る時間もなかったのです。


しかしバカだったわたしはこのだめんずに100万近くお金を貸していました。
もちろん手元にお金はありません。


だめんずのいちばんの特徴は、お金にルーズなくせに取らぬ狸の皮算用がうまいことです。
こいつははっきり言って今までとは桁違いのだめんずでした。
家賃は折半でしたが、光熱費関係はほぼすべてわたしが支払っていました。


そこで助けてくれたのが、
このだめんずとの付き合いをはじめから反対していた友人M。
大学時代の友人で、わたしのだめんずとの付き合いを散々見せつけられていた彼女。
彼女は自分の家に引っ越して来いと口をすっぱくしてわたしに言い続けていたのです。

散々言っていたことをわたしが聞かなかったにもかかわらず、
彼女はわたしを家に招き入れてくれました。
しかも引越しのための30万も貸してくれたのです。


そして強行突破の日は来たのでした。
わすれもしない、7/20のことでした。

(まだ続く)

2006年7月20日 (木)

だめんずからの逃亡〜部屋探し編〜

そんなわけでだめんずからの逃亡計画を立てはじめた有馬。
無鉄砲で有名なわたくしですが、いざとなると女性ってのは冷静だな、と思います。


計画は七月のはじめに行われました。
とりあえず次の家を探さねばならない、それがわたしのいちばんの課題でした。
彼はフリーのシステムエンジニアだったのですが、
週に何度かは契約している会社にコンピュータのメンテナンスに出かけます。
そのときだけが、わたしにとってもチャンスでした。
家を探していることがばれたら一大事です。
そこでわたしははじめて、ネットでの家探しをはじめたのでした。


ネットでの家探しにはもちろんデメリットもあります。
最新情報がないのに加え、すでに終わっている物件が載っていたり、
格安物件がいわゆるいわくつきだったりするからです。


しかしながら、運がとてもいいわたくし有馬。
ちがう物件を目的に見つけた不動産屋がちょうど勤務している塾の近くにあったのです。
これは、本当にラッキーでした。
そして塾の合間を縫ってそこに赴き、ひとつの物件を見つけました。
それがいま住んでいるこの部屋です。


賃貸歴の長いわたしは内見ができないのが不安でしたが、
外からじっくり見て部屋の中を予想し、8/20からの入居が決まりました。
事情を洗いざらい話したので、不動産屋さんもかなり親身になってくれました。


引越し先は決まった。
しかしまだ計画は終わっていません。
次なる行動は、家出でした。


ちなみにライターのお仕事を最初に依頼していただいたのが七月。
今こうしてお仕事を続けているとは夢にも思っていなかったのが、正直なところです。

(まだ続く)

2006年7月19日 (水)

だめんずからの逃亡〜秘密の計画編〜

賃貸の履歴書を見ていただければわかりますが、
この部屋を借りたのは去年の夏のこと。
この部屋探し、実はインターネットで秘密裏に行われたものでした。


当時わたしはある男性と同棲をしていました。
しかしこの男性、どうしようもないだめんずだったんです。
この人と付き合ったおかげでだめんずとはもう付き合わない、どんなことがあっても、
と決意したほどでした。


いちばんひどかったのが、モラルハラスメント。
「こたえてちょーだい」で取り上げられているのを何回も見ていますが、
(わたくし「こたちょ」ファンです)
この手の人たちが厄介なのは、証拠を残してくれないこと。
いくらひどい目に遭っても、傷つくのは精神面だけ。
こんなことをいったら怒られるかもしれませんが、
ドメスティックハラスメントよりもずっと罪に問いにくいのが
モラルハラスメントなのです。


とにかく逃れられない気分でいっぱいになっていました。
こわかったのです。
そして、そのころ塾講師をしていたわたしには時間がありませんでした。
夏期講習の期間だったのです。
朝11時に出勤して、帰るのは夜の12時。
予習をしていれば深夜になり、そこから彼のとりとめもない責め文句がわたしを襲います。
おそれるあまりに謝るわたし。


しかし耐えられなくのも時間の問題でした。
ある友人が背中を押してくれたのもあり、わたしは入念な計画を立てはじめました。

(続きます)