一刻館の真実 結
おじさんは、工事現場の写真を撮っているのかとわたしに問うた。わたしは以前からよくある工事現場好きの写真部員にでも思われているのだろうかと思い、そうじゃなくてこの建物を愛していたのです、そしてなくなってしまったことが哀しくて撮影に来たのです、と答えた。町内会長だというおじさんはそれを聞くと、にっこり笑って、最近工事現場をきちんと撮っておかねばならないという取り決めだかがあるとかで、わたしをその人かと勘違いしたと言うのだ。ユニクロのおんぼろしましまニット(オレンジと白)と汚いズボンをはいたこのわたしをである。
いやそうではなく、とわたしはもう一度断ってから、自分が目黒村の古い家で生まれ育ち、だから昭和のはじめに立てられたようなこの建物をいとおしく思っていたこと、それからここの人が出て行ってしまった場面すら見ていたこと、取り壊しを見て心底ショックだったことを矢継ぎ早に話した。
するとおじさんは、この家は昭和の初期に建てられた家で、おじいさんはお医者さんだったからモダンな建物を建てたのだ、そしてここには3人の住人が入居していたのだけれど、老朽化が激しかったため建て直しをすることになったのだ、そしてここには新しい家が建つ、哀しいかもしれないけれどたのしみにしてほしいのだ、と事情を知る人だけが説得力をもつことのできる言葉を口にした。そして、きっと取り壊されてしまうだろうけれど、同じように古い建物が近くにあるよと教えてくれたのだった。
でもあなたのことは伝えておくからね、とおじさんはほほえみ、冬の強い光に包まれた笑顔はなんだか哀しみを助長するようで、だけれどわたしはそのきもちがうれしくて、自分のきもちと折り合いをつけるためにおじさんの犬を撮らせてもらった。
おじさんは以前もわたしの姿を見かけたことがあったのだという。それは、まだ一刻館がいつもの顔をしていたころで、自分は毎朝小学生の登校時にこの近辺を警備しているのだ、と教えてくれた。わたしはそれをきいて、少し早く起きて徒歩で通勤していたころのことを思い出し、歩くのを再開しようとなんとなく思った。
そして別れ際、おじさんはわたしに「この家のことをを忘れないでほしい」とすこしきっぱりした口調で言ったのだった。
































































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